2017年8月7日月曜日

#佐藤正午 『月の満ち欠け』(岩波書店) 読みやすい丁寧な文体の中から,時空を超えた人と人のつながりが見えてきました。ただし...かなり複雑。もう一度読んでみたいと思います。

先日直木賞を受賞したばかりの佐藤正午の小説『月の満ち欠け』を読んでみました。今年は例年になく,比較的新しいハードカバーの小説を読んでいるのですが,やはり文庫本で読むよりも,どこか贅沢な気分にさせてくれます。それと―これも個人の好みの問題だと思いますが,ハードカバーの方が物理的に読みやすいと思います。

今回佐藤正午さんの作品を読もうと思ったのは,「岩波書店初の直木賞受賞作品」という話題性と,作家の中にもファンが多いという佐藤正午さんの作品を一度読んでみたいと思ったからです。読んだ結果は,「一度読んだだけでは,すっきりしない部分もあったけれども,全体に漂う雰囲気はいい」というものでした。

小説のジャンルとしては,夫婦と娘を中心とした家族ドラマで,非日常的な派手な冒険は出てきません。主人公が誰かも分かりにくいのですが,最初の場面に登場する,小山内堅という青森出身の男性の亡き妻と亡き娘がドラマの起点となります。ストーリーの詳細は書けないのですが,「生まれかわり」がテーマになっています。

途中次のような文章が出てきます。
神様がね,この世に誕生した最初の男女に,2種類の死に方を選ばせたの。ひとつは樹木のように,死んで種子を残す,自分は死んでも子孫を残す道。もうひとつは,月のように,死んでも何回も生まれかわる道。...人間の祖先は,樹木のような死を選びとってしまったんだね。でも,もしあたいに選択権があるなら,月のように死ぬほうを選ぶよ...そう,月の満ち欠けのように,生と死を繰り返す。
このセリフを誰(女性)が言ったか?...は,明かさずにおきますが,ストーリー自体が,入れ子構造のようになっており,読んでいくうちに,どんどん謎が深まって行くような,ミステリアスな雰囲気があります。じっくりと進む濃厚な時間が続いた後,パッと次の段階に切り替わるなど,地味だけれども飽きさせることのない展開が良いと思いました。

佐藤さんの文体には,きっちりと状況を描く丁寧さや端正さがあるのですが,登場人物がどんどん増えてくることもあり,実は...途中で人間関係がよく分からなくなってしまいました(途中,休みながら読んでいたこともあると思います)。人と人の間の網の目のようなつながりを描くことに主眼だったと思うので,故意に複雑にしているような気もしました。

というわけで,この作品については,「2回読んだ方が楽しめるのでは(まだ,1回読んだだけの状態ですが)」と思いました。2回目は,しっかり登場人物の人間関係をメモしながら,読んでみようかな,と目論んでいます。

そして,この小説を読みながら,生物学者の福岡伸一さんがよく言われている「動的平衡」ということを思い出しました。
生体の中で合成と分解を繰り返している反応で,合成と分解が同じ速度で進んでいるため,一見変化が起きていないようにみえる状態(出典:朝倉書店「栄養・生化学辞典」)
このことにより,人間の体を構成する個々の細胞は生死を繰り返して入れ替わっても,その人の持つ記憶であるとか同一性はずっと維持されている,といったことになります(多分,こういう理解で良いと思いますが...)。この『月の満ち欠け』に出て来た,個々の人間は,月の満ち欠けのように生死を繰り返しますが,ドラマ全体として見ると,基本的な人間関係はずっと維持されている。小説全体を通じて,そういう印象を持ちました。

というわけで,繰り返しになりますが,もう一度しっかりと読み返してみたいと思います。

参考文献として挙げられていたのが,次のような本でした。それ以外にトルストイの『アンナ・カレーニナ』も象徴的に使われていました。こういった「本と本のつながり」も面白いと思いました。